ボルドー液の銅量について

色々な農薬会社から色々なボルドー液が出ています。
有機志向の醸造用葡萄栽培家の多くがボルドー液を使用していると思います。
更に言うと、フランスに倣って畑に散布する銅の量についても気にしている方も多いです。

口頭では、何となくや見た目的にどうのこうの言っている節が多く見受けられるため、今回各社の出しているボルドー液を推奨している最低希釈倍率で1000L散布した時の銅量を調べてみました。
驚いたところと、まぁそうかなと思ったところがあるので参考にしていただければ。

※1000L薬液を造るとして※
ICボルドー66D  銅含有量3.7% 最低希釈100倍  薬剤10000g⇒銅量370g
ICボルドー48Q  銅含有量2.5% 最低希釈50倍   薬剤20000g⇒銅量500g
Zボルドー    銅含有量32%  最低希釈800倍  薬剤1250g⇒銅量400g
園芸ボルドー  銅含有量35%  最低希釈800倍  薬剤1250g⇒銅量437.5g
サンボルドー  銅含有量44%  最低希釈600倍  薬剤1666g⇒銅量733.04g
ムッシュボルドー銅含有量40%  最低希釈500倍  薬剤2000g⇒銅量800g
コサイド3000  銅含有量30%  最低希釈2000倍  薬剤500g⇒銅量150g

これを見ていただくとわかりますが、コサイドが銅量としてはとても少ないです。
他薬剤と違うのは、銅としてではなく水酸化第二銅としてなので2000倍希釈という倍率でも効果があるんでしょう。

もっと驚いたことはICボルドーです。
このボルドー液、謎の展着剤が入っているとのうわさもありますが、石灰が白く残ることから見た目的に銅の量スゲーんじゃねえの???って思われている気がします。
でも実はそんなことはないのが分かります。
更に銅量を気にする農家は48Qを好んでいるイメージでしたが、希釈倍率を製造メーカーの推奨値に合わせると、66Dの方が少なく済みます。

使用を考えると極端に銅量の多いサン、ムッシュは省いて、薬害の出やすい園芸(過去幼木にて薬害発生。クレフノン使う方が無難)も避けるとなるとZ、IC66D、コサイドの使用に絞られるかなと思います。
雨量計を作製しているので、残効ギリギリを攻めつつボルドー散布を今後も続けるつもりです。

あ、あと魚毒性を心配する方もいますので(銅は鉱毒事件でも多く出てくるからかな??)下記調べました。
どれもこれも魚毒性Bと結構な毒性です。IC412は魚毒性Aですが葡萄は適用外ですね…。
ICボルドー66D⇒魚毒性B
ICボルドー48Q⇒魚毒性B
Zボルドー⇒魚毒性B
園芸ボルドー⇒魚毒性B
サンボルドー⇒見つけられず
ムッシュボルドー⇒魚毒性B
コサイド3000⇒魚毒性B

因みに滋賀県は琵琶湖を抱えているので、ずいぶん以前からボルドーは使用禁止です。

海外ではベト対策可能なBTの開発もされつつあるようです。
ボルドーには頼るしかない部分はありますが、新たなものの開発も期待するところです。

日々考えるお客さんへの情報の透明性と伝達方法

モノづくりをする人間として、それを購入・消費してくれる方たちに真摯に向き合うことは非常に重要なことと思います。

翻って、その方たちがミスリードする可能性のある宣伝文句を謳うことは絶対にしないと決めています。

耳障りの良い文言。「これから~をやります」的なことがメディアに取り上げられると一般の方はすでにそのお店がそれを始めていると自身の中で換言し、記憶が上書きされるイメージがあります。
それを言うのであれば、最低でも期間・期限を併せて「~までにやる」と伝えては?と思います。
私自身、一般の方から過去に事実と異なることを「●●農園って~なんですよね?」と聞かれ、「まぁ、そうなんではないですか」と返答としたことが何度かあります。
ミスリードすることはお客さんの責任で、自分たちは関係ない。
そんなイメージが世間一般にあまりにも多い気がします。
特に食品関係。
同業者は気づいていてもお客さんは気づいていない。
上っ面の耳障りの良い宣伝。現実はそれとは異なる事実。
お客さんは気にしていない(最初から最後まで知らなければ特に問題はないのか…)レベルなのかもしれませんが、私にはミスリードを誘うような中途半端な文言を使うことに違和感しかありません。
旅行雑誌の食べ物特集など見ると辟易するくらいそのような文言が多いです。
「努力しています」「今後やる予定です」
私には販促のための軽いワードにしか見えません。
もうお腹一杯です。
可能なら現在進行形の形で発言してほしい。
出来ていない、やれもしないことを殊更に宣伝するようなことは絶対にしないと日々思っています。

最近悶々とあれやこれや色々考えることが多いです。

輸入を通して初めて知った葡萄のウイルスについて

4年前からワインブドウの個人輸入を始め、今までに計3回に分けて苗を入れました。

1年目にアメリカワシントン州から入れた苗(穂木)は100個体すべてに異常はなく、隔離圃場を通過しました。

しかし、2年目と昨年イタリアから入れた個体は相当な確率でピノグリウイルスに罹患しており、隔離圃場で焼却処分にあってしまいました。

※2016年アメリカから輸入、2017年、2018年検査⇒100個体中、0個体にてウイルス検出(合格100%)
※2018年イタリアから輸入、2019年検査⇒50個体中、40個体にてウイルス検出(合格20%)
※2019年イタリアから輸入、2020年検査⇒25個体中、21個体にてウイルス検出(合格16%)

ヨーロッパ他地域の状況を聞く限り、フランス・スペインなども相当ひどいようです。
今回は3万円/本くらいです。そこまで惚れ込んでやりたい品種なら別ですが、ヨーロッパからの輸入は全くお勧めしません。
検査の結果「0本」になる可能性だって大いにあるのですから。
だから輸入した品種を軽い感じで分けて欲しいとか言われると「なんて仰いましたか????」と思ってしまうのです。
すみません。
ま、こんなことになってしまうため、ヨーロッパのナーセリーは日本にさらに出したがらなくなります(お互いに問題ありますが…)
数量制限、検査項目の多さ、隔離圃場での時間、価格etc…色々あった上で最後に焼却処分…。
あまりに悲しくてやってられません。
協力してくれた方にも申し訳なくて今回の結果(2019年輸入分)は連絡していません。
ご本人ももう辞めると話されていました…。

どうしてこうもヨーロッパとアメリカで結果が異なるのか。ENTAVとFPSの違いなのか?
ヨーロッパはウイルスに罹患していても結果は大差ないとの見解のようです。
モンティーユの関係者コメントを聞く限りそのようです(だからフランスから大量に苗を入れろ、と)
一方、農林水産省は立場上引っかかった個体はすべて弾く姿勢を全く崩さず、緩和する動きを見せません。
日本には未だかつてウイルス罹患個体は入っていないという見解なので、それを崩すことはできないという立場です。
実際はトランクで持ってきている人たちがいるので入ってきているし、PCR検査などを行う前に入ってきた個体は罹患していた可能性は大いにあるんですけどね。
たた立場上、それは認められないというのもわからなくないです。

そんな葡萄のウイルスの話を今晩JVAのzoom会議で聞けるということなので今から楽しみです。

自家醸造の必要性

じきの畑がある余市町ではタケノコが如くワイナリーが立ち始めています。
今後3年以内に10件以上増えるそうな。
この流れは一時の流行りでなく、もはや恒常的なもののようにも感じます。
90年代の地ビールブームとは違う…と思います。

ただ、じきの畑に関していうと自家醸造への切り替えは今のことろ考えていません。
少なくとも10年間は10Rワイナリーでブルースさんの下で研修&委託醸造予定です。

なぜか?

自家醸造への切り替えを急ぐことに価値を見い出せないからです。

この地で自家醸造(独り立ち)をするために大事だなと感じることは大きく2つあります(細かいことはたくさんありますけど)
①道内他ワイナリーでの下積み・研修を重ね技術・醸造期間中の蔵での動きを習得すること
⇒北海道産のヴィニフェラに触れながら醸造を学び、自分の手札を可能な限り多く用意することが大事
これについては、余市の葡萄を使ってワインを造る上で世界で最も良い試しの場になるのが10Rだと確信しています。
理由としては、醸造期間中に道内のいろいろな産地のヴィニフェラが60t~70t入荷するため、道内で栽培された葡萄に対してどのようなアプローチをかけたら結果として、どのようなワインが造れるのかという知見が得られるためです。
とにかく、サンプル数は膨大です。
10Rに通い始めて4年目ですが、色々な生産者の葡萄に接しながらそれぞれの葡萄に対して当事者意識を持って醸造を経験すると、得られる知見は自家醸造とは全く比べ物にならないです。
一時は時間ができる冬に南半球へ行ってみたいなと思うこともありましたが、毎年通うのは違うように思いました。
なぜなら今後の人生を余市で過ごし、余市の葡萄(北海道の葡萄)でワインを造るのに、ポテンシャルの異なる海外の葡萄でワインを造る勉強をすることに疑問を持ったからです。
知らなかった技術・知見を得られるのはあると思いますが、1,2年で良いと個人的には思いますし、毎年行くのは違うのかなという感じです。10Rには海外のワインメーカーも来ますので、話は色々できますしね。
自分たちのワインはこの地(北海道)の葡萄でしか造らないのですから、とにかく北海道の葡萄の知見を増やしたいと思うのは当然です。

②造り手目線でのワインテイスティング力
醸造を始めて特に感じることが、このテイスティング力が重要なのだということです。これがないと自家醸造は厳しいなと個人的には感じています。
これがないと困るのが作業のタイミングの問題です。
野生酵母を使っての醸造で非常に重要だと感じるのは次の作業へ移行する、或いは危うい状況を察知して処置を施すタイミングだと思っています。
例えば、培養酵母のように毎回キッチリと糖を食いきるということが、野生酵母でやるとキッチリしないことがあります(野生酵母の場合、多くの場面でビシッと線引きされていないイメージです)
そのような時の判断として、その時のワインの状況をテイスティングし次段階へ移行してよいかどうかを見極めるのが大事です。
これは葡萄が蔵に入荷してから瓶詰までずーーーーっと続きます。
これに関しては、ワインを飲むことで経験値を増やし、自身の中に色調・香・味の引き出しを沢山蓄えることが大事だと思います。テイスティング能力は、ある意味で自分の目指すワインへ近づけるために必要なツールだと確信しています。

それと10Rでやることでメリットに感じることは、委託醸造分で試してみたいことを実践でき、危ういところはブルースさんからアドバイスをもらえるというところです。つまり、危ない方向へ進んでいて本人が気づいていなくても救ってくれる。言うなれば、足を踏み外しづらいのです。
試したいことは色々ありますが、振り切れたワインには決してしたくないと考えているので、この環境は非常に有り難いです。

あ、そうそう。
委託醸造分だと経営的に厳しいのではないかというのがあると思います。
これに関しては6,000本規模で委託が出来れば全く問題ありません。
じきの畑は将来10,000本~15,000本規模を目指しているので、更に増えれば経営的な安定度も増します。

うだうだ書いてきましたが、とにかく今は自分の手札を増やしたい一心です。
ラブルスカでもリンゴでもなく、ヴィニフェラで自分の目指すスタイルのワインを造りたい。
1年目で感じた焦りより、今は更に習得しなければならないことが山積しているように感じます。
とにかく1か月後には仕込みが開始されます。

気を引き締めて臨みたいと思っています。

オーガニック(有機)の葡萄から出来たワインは慣行の葡萄から出来たワインより美味しいのか?

認証を取る前からずーーーっと考えていて、個人的に難しいなといつも思うのが掲題の件。

「じきの畑」が有機を実践しているのは、「有機の葡萄から造ったワインは慣行の葡萄から造ったワインより美味しいと思うから」ではありません。
もちろんマーケティングのためでもありません。

有機を実践し、認証を全圃場で取得しているのは、オーガニックというものが「じきの畑」の生活スタイル(生き方)だからです。
そもそもで農業を始めたのは、後世に繋げられる持続可能な営みをこの現代社会でより実践的に送るための手段(職業)は何か?と考えたためでした。
自然の中に身を置き、天地(あめつち)からの恵みを一番ダイレクトに享受できる仕事とは何か?
出た職業はお天道さんの下で営む農業でした。
極端なことを言えばあらゆる農業は自然破壊だと思います。
ただ、その中でも可能な限り自然と共生し、環境への負荷を考えた場合、田舎での有機農業という選択が残ったのです。
(※自然農は有機農業に包含されると考えていますので、敢えて自然農とは記載しません)
私たちにとって農業は生活スタイル(生き方)の実現のためのものであり、目的ではなく手段と考えています。
ワインは物凄く好きで愛していますが、これを造っているのも生活スタイルを実現する上での手段と考えています(私にとってもっと根本の理由もありますが今回は割愛します)

それで掲題の件です。

今のところ出ている答えは有機も慣行も造りが同じ場合(選果のレベルなど合わせた場合)、出来上がったワインに大きな違いはないのでは?と感じています。
もし違うという方がいれば、是非ブラインドで当ててみてほしいものです。
慣行で育てた葡萄を低So2で、丁寧に造ったものであれば当てることは至難の業だと思います。
(有機の野菜や果物だと時間が経つにつれ、腐敗するのではなく、萎凋するというのはありますけどね…)
ただし、特定の化学農薬を収穫直前に撒くとワインへ玉ねぎ臭を着けてしまったりもするので、色々分かった上での慣行農法で作られた葡萄を使ったと仮定してです。
慣行と有機の葡萄を比較するためHPLC等使って成分分析して、ワインへの影響が導き出せれば面白いだろうなぁとは思います…。

「有機で作った葡萄で造られたワイン」という情報を聞いた上でワインを飲んだ時は違いが感じられる可能性があると思いますが、今のところ私は、ワインは造られたバックグランドや生産者情報等が1つのエッセンスとなり、その影響からある意味で頭で飲むもの(ある程度の食材は頭で食べたり、呑むもの)なのだと考えています。
ただ、いくら興味を惹かれ、素晴らしい情報があるワインでもロクなものでなければ、その土俵にすら上がれないのは当然ではあると思います。
以前は、慣行以上に手間暇がかかっている有機の野菜には作っている人の強い想いが込められているので味が変わるのかな?とも考えたりしましたが、ことワインについては慣行でやっていても本当に丁寧に、真摯に葡萄に向き合っている方々がいます。
その姿を見ると葡萄栽培に対する姿勢は有機だろうが慣行だろうがそこまで大きく変わらないように思います。個人の見解なので鋭い方は分かるのかも??

というわけで現段階で違いはそこまでないのかな?というのが私の答えになっています。
自分の中では事前情報無しに飲んでみて美味しいワインが、調べてみたら有機だったってのが理想なんですけどね 笑
ナチュールの造り手は総じてオーガニックであることが多く、サンスフルもしくは極低so2なので、そういうところに収束はしていくんだと思います。
ということで、万人受けするものは造れないと思いますが、特定の人に刺さるワインを造っていけたらと思います。

来年の栽培について考える日々

今年3年目で収穫本格化と思っていましたが、カスミカメの被害が防ぎきれず収量減となりそうです。
有機でやれる中で手法を変えて、どうにか手を打たないととずーーーーっと考えています。

それと花振るいの問題があります。

開花時期に雨に当たってしまった品種は多かれ少なかれ花振るいを起こしてしまいました。

じきの畑では酢酸カルシウムも亜リン酸も散布できませんのでこちらも打開策が必要です。
バットグアノを秋の終わりに撒いて雪解け水とともに吸ってもらえればとは考えていますが、やはり効果的なのは葉面散布です。
これも認められる資材を探していますが、中々希望のものは見つかりません。

日々、解決策を模索しています。

オーガニックだから…?

有機JASやオーガニックを殊更に謳い、尋常ではない値段で農産物や加工品が販売されている現状があります。

有機、オーガニックならばどんなに高くしてもいいのでしょうか??
オーガニックは消費者への訴求性が強くて、値段が高くても売れるからいいのでしょうか?

こんなことだから有機、オーガニックに対する消費者の目線が「オーガニック?どうせ高いんでしょ」になるんだと思います。
冗談じゃないです。

オーガニックは収量が減るから高くても仕方がないというのは全くの的外れで単純に生産者の逃げ文句だと思っています。

確かに慣行農法より収量は得られません。でも、だからといって単純に高くするのは違うと考えます。
有機、オーガニックでも使用できる資材、植物生理、罹患する病気、作業工程、その他諸々を把握していれば大量に収穫は出来なくとも慣行より少し値が張るくらいで農産物を販売することは可能だと思います。

箆棒な値段の有機農産物を販売している生産者は、本人の努力が間違ったベクトルになっているだけだと思います。

ああ、世間一般へ有機、オーガニックを広めるためには、まずはこの現状がどうにかならないとなと日々考えています。

田舎での暮らし(畑の近況と此方での生活と)

ここ1週間ほど雨が多く、太陽の出ている時間が非常に限られたものとなっています。




ブドウはちょうど今が開花期なのですが、受粉はしても温度が低いことによる花粉管の伸びへの悪影響があり、しっかり受精することが出来ず、着果に至らないケースが出てきそうです。
雨に関しては灰色カビ病がありますが、それは今のところ皆無なのでやはり温度の低下が心配です。
この状況、どうにか回避してくれればと願うばかりです。

ところで4月で余市に来て丸5年が経過し、6年目に突入しました。
此方にきて、生活環境がそれまでの30年間とは全くの別物となりました。
田舎とはいえ光も来ている地域が多く、zoomなども問題なく使えるので本州との時間距離はほぼ感じないです(我が家はADSLなので安定しませんが 笑)
ネットが繋がれば何時でも何処でも世界中の情報に触れることができる。
家族とも友人とも何時でも繋がれる。
リアルに会うのは年に数回で良い。
となると、自分が今後人生を送るうえで都会で生活することのメリットを見いだせないな、と改めて感じています。
特に今回のコロナ騒動を通し、その想いは確固たるものとなりました。
我が家はテレビがないので、垂れ流されるコロナ騒動の情報の波に巻き込まれることもなく平和に過ごせています。

余市へ来て6年目。
この数字は、ある意味で自分の身体がこの地域と同化できるという想いに繋がっています。
人間の身体は約6年周期で全ての細胞が入れ替わると言われています(年齢によりスパンは異なりますが)
此方に来てからの食生活は都会で暮らしていたときとは比べ物にならないほど私にとって充実したものとなっています。
地域で育てている鶏・山野で捕らえた鹿を魚と同様に捌き、渓魚を釣り、山菜・茸を狩り、羊を食うために飼養し、畑では自家消費用の野菜を育て、果樹を育て、生業としてワインを栽培から醸造まで行い、呑む。
あらゆる食に絡むことの始まりから終わりまでがこの地域内で完結するのです。
6年前からこのスタイルで生活をしてきたということは私の身体は北海道仕様、いや、北後志仕様とでもいうべきかと思います。
ちょっと変わった考えかもしれませんが、本当の意味でようやくこの土地の人間になれたような気がするのです。

その昔、中学校で質量保存の法則を習い、あらゆる物質は化学反応の前後で総質量が変わらないと学びました。
であれば、あらゆる原子はこの星で循環し、巡り巡るっているのでは?という考えがその時に湧いてきたのです。
後から分かったことですが、このことは質量保存の法則ではなく、量子力学の観点から考察すると強ち間違った考えではなかったようです。
つまり、今私や貴方の身体を構成している原子は地球創世の時からあらゆるものに姿を変え、巡り巡って私達を作り出しているということになります。
もしかしたら今タイピングをしているこの指を構成している原子は北京原人の足を構成していた原子だったかもしれないし、今画面を見ている眼球を構成している原子はジュラ紀のシダ植物を構成していた原子かもしれません。
そう考えると、あらゆるものに自分がなる可能性がありますし、また、あらゆるものが自らを構成する可能性だってあるように思えてきたのです。人類みな兄弟、いや、地球上に存在する(存在していた)ものすべてが繋がっているのだと思ったのです。
そんなことを考えていると、今、世界で起こっている人種差別や紛争は思想や宗教観など多数の要因の上に出てきている問題ではありますが、何を争う必要があるのか?と思ってしまう自分がいます。




少し話が逸れました。
そこで改めて思ったのが生きるという営みは、その地域内での物質の循環なのでは?ということです。
その地域で生きるということは、その地域で循環している原子が自らを構成する1パーツになるというのが大昔から続いてきたことではないのでしょうか?
世界中が繋がり、良くも悪くも物質が行きかうようになったのはここ数100年くらいです。需要に応じ、世界中の食物を取り寄せ、供給することが良くないとは全く思いません。ただ、貴方を構成する皮膚は南米産で髪の毛は北米産、腸はオーストラリア…と考えるとなんかしっくりこないのです。広い意味で地球産と言えば何とでもなりますが。
その時に思ったのが身体を作り上げる根本、「食」について深く考え、行動したいという想いでした。自らが地域を循環する物質の1つになり、生きてみたいと思ったのです。
その生活を実践できている現在、身体が無理なく自然と楽に生きていられている(生命活動をしている)とすら思えてしまいます。

田舎へ来てよかった。北海道へ来てよかった。
改めてそう思う日々です。

この話を学生時代、友人に熱っぽく語ったらやっぱりきんちゃんは変わってるねって言われたことを思い出しました 笑
何だかなつかしくなりました。