田舎での暮らし(畑の近況と此方での生活と)

ここ1週間ほど雨が多く、太陽の出ている時間が非常に限られたものとなっています。




ブドウはちょうど今が開花期なのですが、受粉はしても温度が低いことによる花粉管の伸びへの悪影響があり、しっかり受精することが出来ず、着果に至らないケースが出てきそうです。
雨に関しては灰色カビ病がありますが、それは今のところ皆無なのでやはり温度の低下が心配です。
この状況、どうにか回避してくれればと願うばかりです。

ところで4月で余市に来て丸5年が経過し、6年目に突入しました。
此方にきて、生活環境がそれまでの30年間とは全くの別物となりました。
田舎とはいえ光も来ている地域が多く、zoomなども問題なく使えるので本州との時間距離はほぼ感じないです(我が家はADSLなので安定しませんが 笑)
ネットが繋がれば何時でも何処でも世界中の情報に触れることができる。
家族とも友人とも何時でも繋がれる。
リアルに会うのは年に数回で良い。
となると、自分が今後人生を送るうえで都会で生活することのメリットを見いだせないな、と改めて感じています。
特に今回のコロナ騒動を通し、その想いは確固たるものとなりました。
我が家はテレビがないので、垂れ流されるコロナ騒動の情報の波に巻き込まれることもなく平和に過ごせています。

余市へ来て6年目。
この数字は、ある意味で自分の身体がこの地域と同化できるという想いに繋がっています。
人間の身体は約6年周期で全ての細胞が入れ替わると言われています(年齢によりスパンは異なりますが)
此方に来てからの食生活は都会で暮らしていたときとは比べ物にならないほど私にとって充実したものとなっています。
地域で育てている鶏・山野で捕らえた鹿を魚と同様に捌き、渓魚を釣り、山菜・茸を狩り、羊を食うために飼養し、畑では自家消費用の野菜を育て、果樹を育て、生業としてワインを栽培から醸造まで行い、呑む。
あらゆる食に絡むことの始まりから終わりまでがこの地域内で完結するのです。
6年前からこのスタイルで生活をしてきたということは私の身体は北海道仕様、いや、北後志仕様とでもいうべきかと思います。
ちょっと変わった考えかもしれませんが、本当の意味でようやくこの土地の人間になれたような気がするのです。

その昔、中学校で質量保存の法則を習い、あらゆる物質は化学反応の前後で総質量が変わらないと学びました。
であれば、あらゆる原子はこの星で循環し、巡り巡るっているのでは?という考えがその時に湧いてきたのです。
後から分かったことですが、このことは質量保存の法則ではなく、量子力学の観点から考察すると強ち間違った考えではなかったようです。
つまり、今私や貴方の身体を構成している原子は地球創世の時からあらゆるものに姿を変え、巡り巡って私達を作り出しているということになります。
もしかしたら今タイピングをしているこの指を構成している原子は北京原人の足を構成していた原子だったかもしれないし、今画面を見ている眼球を構成している原子はジュラ紀のシダ植物を構成していた原子かもしれません。
そう考えると、あらゆるものに自分がなる可能性がありますし、また、あらゆるものが自らを構成する可能性だってあるように思えてきたのです。人類みな兄弟、いや、地球上に存在する(存在していた)ものすべてが繋がっているのだと思ったのです。
そんなことを考えていると、今、世界で起こっている人種差別や紛争は思想や宗教観など多数の要因の上に出てきている問題ではありますが、何を争う必要があるのか?と思ってしまう自分がいます。




少し話が逸れました。
そこで改めて思ったのが生きるという営みは、その地域内での物質の循環なのでは?ということです。
その地域で生きるということは、その地域で循環している原子が自らを構成する1パーツになるというのが大昔から続いてきたことではないのでしょうか?
世界中が繋がり、良くも悪くも物質が行きかうようになったのはここ数100年くらいです。需要に応じ、世界中の食物を取り寄せ、供給することが良くないとは全く思いません。ただ、貴方を構成する皮膚は南米産で髪の毛は北米産、腸はオーストラリア…と考えるとなんかしっくりこないのです。広い意味で地球産と言えば何とでもなりますが。
その時に思ったのが身体を作り上げる根本、「食」について深く考え、行動したいという想いでした。自らが地域を循環する物質の1つになり、生きてみたいと思ったのです。
その生活を実践できている現在、身体が無理なく自然と楽に生きていられている(生命活動をしている)とすら思えてしまいます。

田舎へ来てよかった。北海道へ来てよかった。
改めてそう思う日々です。

この話を学生時代、友人に熱っぽく語ったらやっぱりきんちゃんは変わってるねって言われたことを思い出しました 笑
何だかなつかしくなりました。